5. B29超空の要塞
|
|
ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって引き起こされた第二次世界大戦では、当初ア
|
|
メリカは静観の態度をとっていたが、ナチス・ドイツが中南米のどこかに拠点を築くこと
|
|
を最も恐れていた。そのような事態になれば、アメリカの喉元にナイフを突きつけられた
|
|
も同然であったからである。そこで、アメリカが手にしようとしたのは超長距離大型重爆
|
|
撃機であった。ナチス・ドイツが中南米のどこに拠点を築こうが重爆撃機によって攻撃出
|
|
来ることを意図していた。
|
|
しかし、この構想を実現するには、当時すでにあったB17重爆撃機では役不足であった。
|
|
アメリカ陸軍航空隊(Army Air Corps)は1939年11月、新たな重爆撃機開発に向けて動
|
|
き出した。
|
|
1940年、アメリカ陸軍航空隊が打ち出した重爆撃機開発計画実現のために、ボーイン
|
|
グ、ロッキード、ダグラス、コンソリデーテッドの4社が名乗りを上げた。諸般の事情に
|
|
より、ボーイングとコンソリデーテッドの2社が残り、他の2社は辞退した。
|
|
アメリカ陸軍航空隊は1940年9月6日、最終的にボーイングと試作機XB29二機を製作
|
|
する契約を結んだ。アメリカ陸軍航空隊が新型機に要求した性能は、航続可能距離半径
|
|
2,000マイルで高度30,000フィートを飛行出来ることであった。
|
|
1941年6月、アメリカ陸軍航空隊は軍制改編によってアメリカ陸軍航空軍(Army Air
|
|
Force)となった。
|
|
アメリカ陸軍航空軍は9月になると、後に長く語り継がれることになる重大決定を行った。
|
|
試作機XB29は未だ完成にはほど遠かったが、ボーイング社に250機のB29を大量発注す
|
|
る正式契約を結んだのである。まさしく異例中の異例であった。海のものとも山のものと
|
|
もつかぬB29に賭けたのだった。『30億ドルの大ばくち』と表現されたこの賭けに、ド
|
|
イツが原爆を開発することを恐れ、アメリカが先に原爆を保持することを目的に出発した
|
|
『マンハッタン計画』がオーバーラップして見える。
|
|
1941年12月8日、日本軍の真珠湾攻撃を契機にアメリカは連合国の一員として参戦す
|
|
ることを決定した。これに伴い、B29の発注機数はさらに250機と、1機のXB29が追加
|
|
された。
|
|
1942年9月に待望のXB29一号機が完成、しばらくして二号機も出来上がった。XB29
|
|
に採用されたエンジンは、ライトR3350型デュプレックス・サイクロン18気筒ラジアル・
|
|
スーパーチャージド・エンジン4基を搭載。1基の出力は2,200馬力であった。機の全幅
|
|
は141フィート3インチ(43.10m)、全長は99フィート(30.18m)。B29の最大の特徴は、
|
|
高度30,000フィートを飛行中でも機内の気圧を一定に保つための与圧装置が働き、酸素
|
|
マスクが不要であったことである。試作機は一応完成したとはいえ、実戦に投入されるま
|
|
でには幾多の困難を乗り越えなければならなかった。
|
|
1943年2月18日、テスト飛行中のXB29二号機がエンジン火災により墜落炎上し、搭
|
|
乗員全員が死亡する大事故が発生した。このアクシデントのため、テスト飛行は一時中断、
|
|
原因調査が行われた。その結果、エンジン設計の欠陥が判明した。ボーイングの技術者た
|
|
ちはエンジンのオーバーヒート対策に連日連夜追われることになった。
|
|
アメリカ陸軍航空軍が最初のB29を公式に受け取ったのは同年6月のことであった。
|
|
B29の開発に費やした期間はおよそ3年、かかった費用は30億ドルという莫大なものとな
|
|
った。これは原爆開発費の1.5倍にも相当する。
|
|
もともと対ドイツ用に開発されたはずのB29は、実際ドイツに向けて飛び立つことはな
|
|
かった。その代わり、日本の軍事、工業および経済組織を破壊し、日本国民の戦争継続意
|
|
志を完膚無きまでに打ちのめすためにB29は日本の空を縦横無尽に飛び回った。
|