20. 伝説の終焉 |
| では、最後に、姫路市街地空襲が取り立てて特別な空襲(城を残した云々)ではなかっ |
| たことを示す根拠をまとめてみよう。 |
| その1 姫路城は、アメリカ陸軍航空軍が投下爆弾の半数が命中することを期待した半径 |
| 4,000フィートの円内に入っていた。勿論、アメリカは城の存在を知っていた。 |
| その2 B29の襲来は目標が目視しにくい深夜から未明にかけてであった。 |
| その3 爆撃方法は目視法よりも精度が劣るレーダーによるものだった。 |
| その4 姫路市街地空襲は焼夷空襲であった。この攻撃では100%焼夷弾のみが使用され |
| た。とりわけ、E46が使われたことに注目。 |
| その5 姫路城を残さなければならない理由がない。世界文化遺産などと言う概念は戦争 |
| 当時にはなかったし、B29搭乗員の命の危険を冒してまで守るべき必然性がない。 |
| その6 投弾分布の拡散。空襲でなくなった人達の名簿に記載されている住所から、空襲 |
| による被害は市内のあちこちに分散していたことが判る。 |
| その7 空襲を決行したのは第315航空団ではなかった。(マリアナ基地に駐留していた |
| 5航空団のうち第315航空団は他とは違っていた。この航空団が保有していたB2 |
| 9に搭載されていたレーダーはAPQ-7(イーグル)と呼ばれるもので、APQ-13 |
| よりもおよそ10倍の解像力を持っていた。また、尾部の50口径機関銃以外の火 |
| 器を取り外し、機体が軽くなった分爆弾搭載量を増やしていた。この結果、迎撃 |
| 機に対する防御能力の低下を招き、第315航空団の活動は夜間に限られた。夜間 |
| 空襲専門部隊と言える)。 |
| 姫路城が完璧に戦禍を免れたかというとそうではなかった。T.M.R.には次のように記述 |
| されている。(城の敷地内の陸軍兵舎に顕著な損害が見られる) |
| Considerable damage is visible in military barracks within the Castle grounds. |
| 実は、姫路城の敷地内(天守閣の南、三の丸)にあった鷺城中学校が焼失しているし、 |
| 西の丸にも2発の焼夷弾が落ちていた。幸いにも、西の丸に落下した焼夷弾は不発あるい |
| はすぐに炎は鎮火した。 |
| 広大な城の敷地にわずかな焼夷弾しか落下しなかったのは、ダメージエリアが市街地の |
| 南部および東部に集中していたためであった。市街地の北部と南西部にはダメージはなか |
| ったか有っても軽微であった。 |
| Damage is concentrated in the S and E portions of the built up area. Little or |
| no damage is in the N and SW portions of the built up area. |
| ダメージエリアの偏在は、実際の爆撃中心点が当初計画していた地点からずれていたこ |
| とを示唆しているのかもしれない。このことの傍証が根拠その6だと言えるだろう。 |
| 姫路城の堀が城の周囲に広がる炎を遮る防火帯の役目を果たした可能性は大いにあり得 |
| る。様々な偶然が重なり合ったことが姫路城を戦禍から守ったと言ってもいいだろう。そ |
| れを奇蹟と呼んでも言い過ぎではない。ただ、今のところ奇蹟の正体が何だったのかは明 |
| らかではない。奇蹟の正体解明は今後の課題として残しておこう。 |
| もうひとつ、姫路市街地空襲に関する資料を探していくうちに思いもかけない手掛かり |
| を得ることが出来た。その手掛かりによって姫路市街地空襲の真の目的が解明されるかも |
| しれない。 |