19. 原子爆弾投下
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根も葉もない文化財保護云々の話とは全く関係がないが、例外的に、日本本土内でB29
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による爆撃が禁止されていた場所があった。その場所とは、ひとつは皇居であり、もうひ
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とつは原子爆弾投下候補都市である。
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皇居が爆撃禁止とされた理由は、神格化された天皇に万が一の事があれば日本人は激怒
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し、アメリカに対して徹底抗戦するのは間違いなかったからであった。これにより戦争は
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長期化するだろうし、捕虜となっているアメリカ兵の命の保証がなくなるのは目に見えて
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いた。それに戦後処理のことを考えると、天皇には充分利用する価値があるとアメリカは
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判断した。皇居爆撃の可能性は一度は検討されたが、日本をよく知る知識人などの反対に
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よって計画は立ち消えになった。
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原子爆弾を何処に投下すべきかを決定するために目標委員会(Target Committee)が結
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成された。委員会の第一回目の会合が開かれたのは1945年4月27日のことである。この時
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には候補地の決定は未だなされていない。候補地の具体的な名前が挙がったのは5月10日
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から11日にかけて開かれた第2回目の会合に於いてである。
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目標委員会が選び出したのは4つの都市であった。最重要目標を意味するAA Targetと
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して白羽の矢が立ったのは京都と広島だった。横浜と小倉造兵廠はAA Targetより重要度
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が低いA Targetとされた。予備候補都市として新潟がB Targetに選ばれた。候補都市の
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選定はこの後二転三転する。
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第3回目の会合(5月28日)では、前回候補として選ばれた小倉造兵廠と横浜が除外され、
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代わりに新潟が加えられた。候補から外された都市の運命は大規模焼夷弾攻撃による破壊
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が待ち受けていた。5月29日には横浜大空襲が決行されている。その後、京都は陸軍長官
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スティムソンの反対に遭い候補リストから名前が消え、小倉造兵廠が復活した。しかし、
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波乱はまだまだ続いた。京都が候補として再浮上するがまたもやスティムソンが拒否。こ
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のことから軍内部での対立が見て取れる。広島と共に原子爆弾の犠牲となった長崎の名前
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が出てくるのは、原子爆弾投下命令書が交付された7月25日のことである。正に原子爆弾
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が投下される直前のことであった。こうして、最終的に原子爆弾投下候補都市は、広島、
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新潟、小倉、長崎の4都市に決定された。
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原子爆弾で破壊される可能性のあるこれらの都市へのB29による爆撃が禁止された理由
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は一体何だったのだろうか?それは未だかつて無い原子爆弾の実戦投入に際して、その威
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力を正確に把握するには通常兵器による被害があっては本当の破壊力が検証出来ないから
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である。残酷な言い方になるが、生きた実験台が必要だったのだ。それも無傷な。
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最後まで残った4都市のうち、新潟は工業密集地域と小工場と住宅が混在した地域とが
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離れているという理由から、真っ先に候補から外された。残された3都市の中で広島は極
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めて重要な工業目標であり、B29の焼夷攻撃を受けていない都市として京都に次ぐ大都市
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であった。小倉および長崎の近くには捕虜収容所があることが確認されていたが、広島に
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関してはそれは存在しないと考えられたため、第1目標は広島に決定された(実際には広
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島にも捕虜がいたがアメリカは事前にこの情報をつかんでいなかった)。
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小倉と長崎の優先順位を決定するにあたっては長崎市街地の配置および地理的条件(市
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街地が東西の山に囲まれ爆風が南北に拡散してしまう)がネックになり、長崎は小倉に次
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ぐ第3目標となった。
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REASONS FOR TARGET SELECTION
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Of the four cities set aside for Atomic Bomb attack, Niigata was discarded
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because it was so poorly laid out for this sort of an attack - the industrial
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concentration and the residential-small factory areas were relatively widely
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separated. Of the other three, Nagasaki was the poorest of the layouts, and
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it had a prisoner of war camp nearby; so, it was made tertiary. The other
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two - Hiroshima and Kokura - were well laid out and relatively important,
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but Kokura had a prisoner of war camp and Hiroshima had none to our
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knowledge; so Hiroshima was made the primary.
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目標選定の理由を示す上記の部分は、原爆関連の資料が機密解除されて一般に公開され
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た時には削除されていた。その理由は捕虜収容所の存在を知りながら敢えて原子爆弾を投
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下したという衝撃的な内容であったからである。
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1971年12月8日になってこの削除部分の機密も解除された。この文書の余白に誰かが
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手書きで付け加えた次のような一文がある。
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Sensitive to mothers whose sons were P/O's and never returned.
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(捕虜収容所から二度と戻らなかった息子の母親達には刺激的である。)
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長崎の幸町には200名余りのアメリカ人捕虜がいた。その他にも、イギリス、インドネ
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シア、オーストラリア、オランダの捕虜がいたことが判っている。
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小倉の企救町にもアメリカを始めとする連合国の捕虜がいた。これら2つの捕虜収容所
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の存在は目標選定を左右するものではなかった。何故なら、捕虜収容所があるという理由
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で目標から除外すれば、日本側は攻撃を避けるために捕虜を盾として重要目標に捕虜収容
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所を移すだろうと考えられたからであった。
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戦争遂行のためならば自国兵士の命をも犠牲にするというアメリカの冷徹な考えを知れ
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ば、アメリカが文化財を守るために京都を救ったと云う有りもしない話や姫路城を残すた
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めに爆撃しなかったと思っている日本人の考えの甘っちょろいことが痛感される。
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ついでに付け加えておくと、日本全土をB29によって焼き尽くしたルメイ、いわば日本
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の仇敵とも言える人物に対して1964年12月6日、当時の首相であった佐藤栄作より勲一
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等旭日大綬章が贈られた。その理由は、航空自衛隊の育成に尽力したからという。太平洋
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戦争が終わってから19年、この年月が長いか短いかは人それぞれであろうが、未だ記憶に
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生々しいはずのかつての憎むべき敵に感謝の意を込めて勲章を授与するという日本人の精
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神構造は、世界から見ればどうにも理解し難いものであろう。
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広島に次いで原子爆弾の洗礼を受けたのは、小倉ではなく、それよりも優先順位が低い
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長崎であったのは何故だったのだろう。長崎に原子爆弾が投下された1945年8月9日の前
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日、小倉の西に位置する八幡はマリアナ基地の3つの航空団(第58、第73、第313)によ
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る白昼焼夷空襲を受けている。
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3航空団合わせて221機のB29とそれらを護衛する160機のP47戦闘機は最大努力をも
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って八幡を焼き払うことが命じられていた。この八幡空襲こそが小倉と長崎の運命を決定
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する分岐点であった。
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原子爆弾の投下は目視爆撃法によることが予め決められていた。レーダーは補助的手段
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として使用が認められていたが、目標上空の気象状況によって目視爆撃の機会がない場合、
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原子爆弾は投下せずに基地まで持ち帰る手はずであった。
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8月6日の場合、広島上空の天候が悪ければ、小倉か長崎のどちらでもいいから攻撃する
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ことになっていた。
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八幡空襲から丸一日経った8月9日午前9時55分、原子爆弾を搭載したB29は小倉上空に
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達した。目標には雲量3/10、若干の「もや」と濃い煙がかかっていた。攻撃機は第1目標
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の小倉(2発目の原子爆弾投下候補都市は小倉と長崎であった。新潟は2都市から離れすぎ
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ているために、第3目標にはならなかった。)に対して原子爆弾投下を3回試みるが、いず
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れの時も「もや」と煙が小倉市街地を覆い隠していたため、目視による爆弾投下の機会は
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得られなかった。
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攻撃機より先に飛び立った気象観測機は長崎上空の視界ははっきりしていることを報告
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していた。そこで、小倉への攻撃は中止され、50分後に第2目標を攻撃することになった。
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長崎への接近はレーダーを使用し、最後の30秒間は目視によった。午前10時58分、2
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発目の原子爆弾は長崎へ投下された。結果的に小倉を救ったことになった「もや」と濃い
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煙の正体は、前日の八幡空襲で発生した火災によるものであった。原子爆弾に関する情報
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は最高機密であったため、マリアナの司令部は知らずに八幡を焼き払ってしまい、図らず
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も原子爆弾投下を妨害したわけである。
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