16. 二つの姫路空襲を比較する

 アメリカ陸軍航空軍は都市空襲の際、ただ闇雲に焼夷弾を投下した訳ではなかった。目
標を攻撃する前には必ず詳細な偵察が行われていた。
 姫路市街地上空にF13(偵察用のB29)が姿を現したのは、1944年12月18日、1945
年1月19日、1月20日、4月2日、4月29日のことである。
 その飛来目的は、目標分析用の航空写真を撮影することにあった。F13が撮った写真は、
すぐに写真解析班と目標分析班へ回され、目標に対する綿密な攻撃計画が立てられた。目
標を攻撃するのに必要な兵力はどれくらいか、最も効果的な打撃を与える得る爆弾の種類
およびその量は?何処にM.P.I.を設定すれば最大の効果を上げられるのか。これらは、様々
な条件を考慮した上で慎重に選定されていった。
 日本が戦争を遂行していく上で重要な拠点(軍事施設を始め、発電所、製鉄所、化学工
場、弾薬工場、等々)にはアメリカ陸軍航空軍によってターゲットナンバーが付けられて
いた。
 姫路の場合、ターゲットナンバーが付された目標は、川西航空機姫路製作所(90.27-20
47)を除けば、市街地を離れた南の海岸部付近に集中していた。
 昭和20年、姫路の街は二度にわたるB29による空襲の被害を被っている。最初の空襲は、
6月22日の白昼、標的とされたのは川西航空機姫路製作所であった。二度目は7月3〜4日
にかけての夜間姫路市街地空襲である。この二つの空襲は全く性格が違うものであった。
これらを比較することにより、アメリカ陸軍航空軍の目標攻撃の考え方が見えてくる。
 まず、最も判りやすいのは昼間と夜間空襲の違いである。白昼堂々と特定の目標(軍事
施設、軍需工場)を攻撃する昼間精密爆撃はその名の通り精密さを要求された。重要目標
に的を絞った限定爆撃と言うこともできる。
 爆撃法には二通りある。ひとつは目で標的を確認しながら爆弾を投下する目視爆撃法で、
昼間精密爆撃はこの方法を採用した。
 もうひとつの爆撃法は、レーダーで標的を捕捉して攻撃するレーダー爆撃法である。2
つのうちどちらが正確であるかと言えば、目視爆撃法に軍配が上がる。なぜなら、レーダ
ーを使うということはレーダースコープを通して標的を見ることになり、ここに推測とい
う不確定要素が入り込む余地があるからだ。
 当時のレーダーの精度は、まだまだ人間の眼にはかなわなかった。予定された昼間精密
爆撃が、目標上空の天候不良の為にレーダーによる爆撃に切り替えられることはあっても、
端からのレーダーを使っての精密爆撃は実施されなかった。
 精度の点で優れている目視爆撃法の欠点は、天候に左右されることと、昼間である故に
闇に紛れることは出来ずに敵の攻撃を真正面から受けることである。敵の攻撃を避けるに
は爆撃高度を高くすることによりある程度回避することが出来た。つまり、対空砲火や敵
の迎撃機が到達出来ないぐらいの高度という意味である。だが、高度を上げることは爆撃
精度に悪影響を与えることになるので、妥協点を見いださなければならなかった。
 夜間空襲に於ける最大の利点は、暗闇に乗じて目標を攻撃できることである。が、同時
に、それは目標を目視しにくいという欠点でもあった。照明弾を投下することによってあ
る程度視界を確保することは出来たが、それは限られた範囲であった。必然的に、夜間空
襲ではレーダーを使用することになる。レーダーを使うことにより、天候には左右されず
に済んだ。
 もうひとつの利点は、B29はまだ明るいうちに基地を飛び立つことが出来るうえ、基地
への帰投も夜が明けてあたりが明るくなった頃になるということである。B29に非常事態
が発生した場合、不時着水する時や乗員の捜索にも周囲が明るいことは好都合だった。
 二つ目の相違点は空襲に使用された爆弾と焼夷弾の違いである。
 川西航空機姫路製作所に投下された爆弾はAN-M64 G.P.(General Purpose一般目的弾)
と呼ばれる通常爆弾で、主として昼間精密爆撃に用いられた。この爆弾の正味重量は555
ポンド(約250kg)あり、この重さのために風の影響を受けにくく、その弾道は安定して
いた。この爆弾を使用することで、結果的に火災が発生することがあったとしても、それ
は意図したものではなかった。M64は主として堅固な構造物を破壊する目的で使用された。
 一方、姫路市街地に投下されたM69は、単体重量約2.8kgで直径約8cm、長さ約50cm
の横断面が正六角形の焼夷弾である。
 M69は38発束ねられてE46と呼ばれる集束焼夷弾(親子焼夷弾)となる。E46の投下プ
ロセスは少々込み入っている。最初にB29の爆弾倉から親であるE46が落とされる。E46
は高度約1,500mまで集束されたままの状態を保っている。それを過ぎると子であるM69
を束ねていた鉄製のベルトがはずれ、解束されたM69が尾部のリボンに火をつけたまま目
標めがけて落ちていく。
 この焼夷弾の特徴は、意図的に目標地域の広範囲を炎に包むこみ焼き尽くすことにある。
投下プロセスに伴う不確定要素を逆に利用することで、M69の性能を最大限に引き出して
いると言えるだろう。
 爆弾倉から投下された時点では、人間の意志が働いているが、高度1,500mで解束され
る時には、人間の意志が入り込む余地など全くない。M69はその軽さ故、風による影響を
受けやすかった。人の手を放れたM69がどこに落下するかなど予測不可能であった。目標
上空で吹く風と、地上付近で吹く風が同じ風向き、同じ風力であるとは限らず、それらを
前もって予測することなど出来なかった。仮にそれがリアルタイムで可能だったとしても、
その情報を攻撃に反映する時間的余裕など、猛烈なスピードで飛ぶB29にはなかった。
 姫路市街地空襲で用いられたM47A2は、通常爆弾の形状を持っていたのでその弾道はM
69に比べて安定していた。M47A2は焼夷爆弾と呼ばれ、焼夷効果とある程度の爆風効果
を併せ持っていた。つまり、火災を消そうとする人達をその爆風で威嚇あるいは殺傷する
ことで消火作業を妨害し、炎の勢いをそがれないようにしたのである。それ故、先導機が
目標をマーキングするのに使用された訳である。
 姫路城から東南東へおよそ760mのところに川西航空機姫路製作所は位置していた。も
ともとは日本毛織の工場だったものが、1942年(昭和18年)6月、日本海軍向けに紫電
改(George)の最終組立工場として生まれ変わったものである。
 川西航空機姫路製作所の上空にB29が飛来したのは、6月22日の午前9時46分のことで
ある。AN-M64 500ポンドG.P.(通常爆弾)を搭載した52機のB29は、紫電改の最終組
立工場(米軍によって34番の番号を付されていた建物)を爆撃中心点(M.P.I.)として、計
1,403発の通常爆弾を投下した。M.P.I.を中心として半径1,000フィート以内に全投弾数
の52.9パーセントが命中。T.M.R.はこの結果をExcellent(優秀)と表現している。
 ここで、M.P.I.について意味合いをはっきりさせておこう。ある目標を攻撃するとしよ
う。1機のB29がやって来て目標の中心にある一点を狙って爆弾を投下する。この場合、
この一点を照準点(Aiming Point)と呼ぶ。
 次に100機のB29がやって来て目標を攻撃する場合を考えてみよう。先程と同じく、目
標の中心に一点を指定しておく。そこをめがけて爆弾を投下する時、全弾がその一点に集
中して命中することはまず有り得ない。投下された爆弾の分布密度は、中心付近が最も濃
く、そこから離れていくに従ってだんだんと薄くなっていく。全投弾量の何パーセントか
ででも目標が破壊されれば、それで戦果があがったことになる。アメリカ陸軍航空軍は、
目標を中心として半径4,000フィート以内に全投弾量の半数が命中すれば良いと考えた。
この一点のことを爆撃中心点(Mean Point of Impact)と呼んだ。
 戦後作成された「米国戦略爆撃調査団報告書」のNo.66「B29部隊の対日戦略爆撃作戦」
には、全作戦を通じて投下された爆弾の18%が目標の2,000フィート以内に、50%が4,0
00フィート以内に、75%が6,000フィート以内に落下していたと報告されている。
 姫路城が戦禍を免れた原因を考える上で詳しいM.P.I.の位置を知ることは重要である。
T.M.R.は姫路市街地空襲時のM.P.I.の位置を次のように記述している。
The mean point of impact selected was southeast of the castle and a
probable circular error of 4,000 feet included the main part of Himeji,
as well as the large railroad yard on the south edge of the city.
選ばれた爆撃中心点は城の南東であった。(ここを中心として半径)4,000フィートの
推定円形誤差範囲内に姫路の主要部分と市の南端にある大きな鉄道操車場も含まれた。
 しかし、これでは具体的に何処であったのかは特定できない。そこで、もっと詳しい
M.P.I.を知る手掛かりを探してみると、それは野戦命令書(FIELD ORDER)の中にあった。
Target: Himeji Urban Area, Primary Visual and Radar
MPI 113097
MPI Reference: XXI Bomcom Litho-Mosaic Himeji Hirahata Area.(注Hirahata
はHirohata 広畑の誤り)
ターゲット:姫路市街地エリア、第一目標 目視およびレーダー
MPI 113097
MPI参照:第21爆撃機集団リト・モザイク姫路広畑エリア
 正確なM.P.I.の位置は、6桁の数字113097で表される地点である。それは何処か?残
念ながら、T.M.R.にはこれ以上のことは記載されていない。ただ、MPI参照としてリト・
モザイク姫路広畑エリアとある。リト・モザイク(石版集成図)とは、偵察機によって
撮影された何枚もの写真を、それぞれの鮮明な部分だけをつなぎ合わせて一枚の写真にし
たものである。リト・モザイクの在処は、T.M.R.とは別の機密資料である空襲損害評価報
告書(Damage Assessment Report 以下 D.A.R.)の中にあった。
 D.A.R. No.133は姫路市街地空襲に関する報告書で、その中に姫路広畑エリアのリト・
モザイクはあった。リト・モザイクを囲む四つの辺には目盛り(0〜152)が付けてある。
上下の対辺には左端を原点0とし、左右の対辺には下端を原点0とした定規の目盛り状の
ものが付いている。
 M.P.I.を表す6桁の数字113097の前半分の3桁は、上下の対辺にある目盛りの数字を
意味している。後半分の3桁は、左右の対辺の目盛りの数字である。つまり、リト・モザ
イクにある目盛りを横方向に左から右へ113、縦方向に下から上へ097までたどれば、そ
の交点が正確なM.P.I.の位置ということになる。リト・モザイクには小さな白い丸が手書
きで描いてある。その位置は目盛り113と097の交点と一致するから、姫路市街地空襲
時のM.P.I.を示すものであることが判る。
 実は、D.A.R. No.133にはリト・モザイクがもう一枚ある。もうひとつの姫路空襲であ
る川西航空機姫路製作所爆撃に関するT.M.R.の野戦命令書にM.P.I.参照としてあげられて
いるもので、Himeji Area(姫路エリア)と題されている。これは、姫路広畑エリアの
リト・モザイクを少し拡大したもので、この中には攻撃軸を表すものと思われる三本の線
が描き込まれている。三つの線の交点には白い丸が描いてある。先程の例から、これはM.
P.I.を表すものと察しが付く。
 姫路市街地空襲の実際のM.P.I.を示している姫路広畑エリアのリト・モザイクには、無
造作に小さな白丸が描かれているだけだが、姫路エリアのリト・モザイクには、攻撃軸の
描き込みという検討のあとが伺える。後者の方が信憑性が高いように見えるが、三本線の
交点の位置を逆にたどってみると、084063となり、実際のM.P.I.とは異なっていること
が判る。
 このリト・モザイクが作成された後にM.P.I.の変更があったようだ。二枚のリト・モザ
イクを見比べてみると、実際のM.P.I.は、姫路エリアのリト・モザイクに示されている位
置より僅かだが東へずれている。M.P.I.の変更理由および変更時期は不明である。
 では、そろそろM.P.I.の具体的位置を特定する作業に取りかかろう。まず、リト・モザ
イクに対応している地図を用意する必要がある。何しろ、半世紀以上も前の出来事であり、
現在の街の様子とはだいぶん異なるところがあるからである。うまい具合に、「日本都市
戦災地図」に収録されている姫路市の地図が利用できる。
 リト・モザイクと戦災地図を慎重に比較して、地図上の同じ場所にM.P.I.を特定する。
詳しい番地などは地図からは判らないので、M.P.I.にほど近い郵便局(現在の郵便局とは
場所が違う)を目印として利用しよう。予め位置が判っている郵便局を基準にすれば、容
易にM.P.I.を想起出来るだろう。最終的に、戦災地図から現在の地図へM.P.I.をうつしかえ
る。幸いにも、M.P.I.付近の地理はあまり変わっていなかった。
 前置きが長くなった。姫路市街地空襲時に於けるM.P.I.は、旧郵便局の西約150mの地
点としてほぼ間違いないであろう。107機のB29はここをめがけて焼夷弾を投下するよう
に命令されていた。姫路市街地はこの時壊滅状態に陥ったが、辛うじて姫路城は生き延び
た。
 もし、T.M.R.の言うとおりならば、姫路城は焼き払われていても全く不思議ではない。
否、間違いなく焼き払われなければならなかったのだ。
 ここで、姫路城とM.P.I.の位置関係を改めて明確にしておく。姫路城の敷地は広いので、
便宜上、天守閣を城の中心としておこう。
 T.M.R.によると、M.P.I.は城の南東となっているが、天守閣から見れば、ほぼ真南にな
る。距離にして約800mの地点である。現在の城の敷地は、半径4,000フィートの円内に
すっぽりと入っている。
 冒頭で提示した疑問に対する答えを出すための判断材料がほぼ出揃ったところでそろそ
ろ結論に向けて歩を進めることにしよう。

前ページ 次ページ 伝説索引 目次