私は姫路生まれの姫路育ちです。地元の利を生かして姫路城には何回も
足を運んで何か新しいネタはないかと探し回っています。その過程で見
たことや感じたことなどを思いつくままに書き流すことにしましょう。

新ネタ完成 1999.1.1
前々から制作中だった「姫路城は何故空襲で焼けなかったか」というネタ
がやっと一区切りつきました。仕事の合間を縫って一人で細々とやってい
たため、完成までに一年かかってしまいました。内容はテキストのみにな
っています。テキストの量は400字詰め原稿用紙にして約150枚ぐらいです。
姫路城閑古鳥 1998.6.1
5月26日付の読売新聞姫路版に「姫路城閑古鳥」という記事が載っていま
した。それによると、1997年度の姫路城の入場者数は「昭和の大修理」
が終わった1964年度以降、二番目に少なかったそうです。

姫路市制百周年記念の「シロトピア博」が開催された1989年度の入場者
数は119万7千人。その後は80万人前後で推移していき、1993年度の世
界文化遺産登録で102万人までに回復した。阪神淡路大震災による影響で
1995年度は過去最低の69万5千人に。翌年は86万1千人にまでもどるが、
1997年度は前年度比マイナス14万5千人で結局71万6千人にとどまった。
姫路市は入場者減少の原因を次のように分析する。

1. 不景気で旅行を控える人が増えた。
2. 大阪城リニューアルと岡山城築城四百年イベントに客足を奪われた。
3. 姫路城に関して大きなイベントをやらなかった。

世界文化遺産に登録されて5年目の今年は巻き返しをはかっている。手始
めとして5月より放置自転車を再利用した無料レンタサイクルを50台配備。
秋からレトロ調の観光バスを運行。10月には市立美術館で姫路城絵図展な
どの世界文化遺産登録五周年記念イベントを開くそうです。
これだけにとどまらず、姫路市は「ひめじウエルカム21」を計画中です。
5月29日には初めての実行委員会が開かれました。市の説明によると、こ
の計画は1998年秋から2001年秋まで続く長期イベントとなるということ
です。

『へぇー、知らなかった。姫路城の入場者数が減っていたのですか。』
『ところで、一体それがどうしたというのでしょうか?』
ここで姫路市に一言いっておきましょう、『皆のもの狼狽えるでない』。
観光客が減少すれば市の収入が減り、商売に影響がでる人たちもいるでし
ょう。姫路城を目玉にして観光客を集めようという気持ちもわからないで
はないけれど、私は何か違うような気がします。
他の城に客を取られたとか、イベントを開いて客を奪い返すとか、そんな
ことに一喜一憂していていいのでしょうかね?。

大阪城や岡山城が入場者数で姫路城を抜いたとしても、二つの城はどう足
掻こうが姫路城には勝てないところがあります。それは姫路城は完全なオ
リジナルであるという点です。第二次世界大戦の戦火をもくぐり抜け、築
城時の姿を保っているのがすばらしい。欧米人に姫路城は木造であると言
うと非常に驚くそうです。木で出来た建物が腐りもせず、燃えもせずに四
百年近く経ってなお健在なのが信じられないようです。

でも、オリジナルが故の弱点もあります。大阪城のような近代建築と違い、
保存には相当気を使わないとだめです。「昭和の大修理」で姫路城天守閣
は解体修理されました。このおかげで向こう350〜400年は全面修理しな
くてもいいそうです。しかし、これは建物自体に関しての話で、観光客が
天守閣に入るとなると事情が違ってきます。「昭和の大修理」で天守閣は
それ自体の重さに耐えられるように補強および基礎工事は万全に施されま
したが、なんと観光客の重量は考慮されていなかったのです。ですから、
現在は1日に何千人という入場者の重さが負荷となって天守閣に影響を及
ぼしています。城の寿命を考えると、安易に観光客を増やせばいいという
ものではないことがわかるでしょう。
姫路市も目先の客集めに頭を悩ます暇があったら、姫路城を末永く後世へ
伝えて行くための方策をもっと真剣に考えていくべきだと思います。

ついでに読売新聞にも一言いっておきましょう。
『姫路城についての認識を改めなさい』。
記事のサブタイトルはこうなっています、「世界遺産の名が泣く・・・」。
どういう意図かよくわからないのですが、本気でそう思っているのなら、
これを書いた人は大きな勘違いをしていますね。姫路城の入場者数が減少
したからといって、姫路城の価値が損なわれることは断じてないというこ
とをわかっていない。ひょっとして、この人は本物の姫路城を訪れたこと
がないのではと思わず勘ぐってしまいます。

どうやら姫路市も読売新聞も入場者数が多いほうが偉いと思っているよう
ですが、その考え方ちがいますよ。両者とも客足が遠のいたという表面的
な現象にとらわれすぎです。姫路城はもっと奥が深いところです。だから、
世界文化遺産に登録されたのです。目先のことに拘らずにもっと大きな視
野を持って姫路城の未来のことを考えていきましょう。

しばらくお待ちください 1998.6.1
現在制作中の「姫路城は何故空襲で焼けなかったか」はもう少し時間が
かかりそうです。仕事に追われてなかなか時間がとれません。
また、制作過程でTactical Mission Reportに匹敵する資料があること
がわかりました。
近日中に第2回東京遠征を計画しています。

お久しぶりです 1998.4.20
ここしばらくホームページの内容を更新していなかったのはそれなり
の訳があるのです。今私の頭の中をあるひとつの難問が占めています。
その問題とは、なぜ太平洋戦争でのアメリカ軍による空襲から姫路城
は生き残ったかということです。今を去る半世紀以上前、昭和20年7
月3日の深夜から4日早朝にかけて百機以上のB29が姫路の街を襲った。
この空襲で市街地の7割が焼き払われたにもかかわらず城は無傷で残
りました。一方、姫路城と双璧をなすと謳われた名古屋城は焼夷弾に
よって焼失しています。残っていれば間違いなく世界文化遺産に登録
されたでしょうに。二つの名城の両極端な運命に不思議なものを感じ
ます。名古屋城は運が悪かった、姫路城は運がよかったのだと言われ
ても釈然としません。最大の疑問点は城のどこも焼けなかったことで
す。どこか城の一部でも焼けていたら偶然に残ったという説明も受け
入れられやすいのですが。

資料を探す 1998.4.20
難問解決のために資料を探すことにしました。図書館へ行けば戦争に
関する本は何冊もありますが、私の求める答えはどこにも書かれてい
ませんでした。ただ、資料探しの過程で得るものもたくさんありまし
た。京都や奈良が大規模な空襲を受けなかったのはアメリカが文化財
保護のために攻撃を避けたからという事実はどこにもない、ただの迷
信だったとわかりました。姫路城とは直接関係ない本ですが、都市空
襲についてアメリカの機密文書を基にして詳しく述べられた「中小都
市空襲」および「東京を爆撃せよ」は空襲に関して非常に参考になり
ました。原資料のTactical Mission Reportが手に入れば姫路空襲
の詳細が解明できるのに一般人には入手できないのかな?

続・資料をさがす 1998.4.20
Tactical Mission Reportとは日本空襲を担当したマリアナ基地の第
21爆撃機集団が作成した報告書です。その内容は基地からの飛行経路、
爆撃目標地点、爆撃高度、当日の天候、日本側の反撃、投下した爆弾
の種類とその数、空襲による損害見積もりなどが詳しく書かれている。
どうしたら手に入れられるのかと考えていたところ国立国会図書館に
マイクロフィルム資料として保管されていることが判明しました。
「そうかー。国会図書館にあるのか。」資料の在処はわかったけれど
東京は遠いなあ。この件はしばらく保留してもうしばらく図書館通い
を続けることにしよう。

資料発見か?1998.4.20
休日ごとの図書館や姫路市平和資料館通いが功を奏したのか「日本空
襲の全容」という本にTactical Mission Reportが大阪国際平和セン
ター(ピースおおさか)に所蔵されていると書いてあるのを見つけま
した。大阪なら近いぞ。さっそく電話で問い合わせてみよう。
『そちらにTactical Mission Reportがあるそうですが。』
『はい、確かにありますけれど一般には公開しておりません。』
全く当てが外れてしまいましたね。やはり国会図書館へ行かなければ
だめなのかなー。

いざ東京へ 1998.4.20
東京へ行くのはいいけれど、国会図書館の詳細を知らなかったので
インターネットで検索。なになに、土曜日曜、国民の休日は休館だ
って!それじゃ会社を休んで行かなければならないのか?いや、ちょ
っと待てよ。第3土曜日は開いているのか。運良く今度の第3土曜
は会社が休みだ。この日に計画実行決定。交通手段は寝台特急瀬戸。
出発は金曜日の22時51分、東京到着は土曜日の07時12分。

その時は来た 1998.4.20
東京へ行くのも寝台特急に乗るのもずいぶん久しぶりだなあ。列車
内では揺れと求めていた資料にお目にかかれる興奮でよく眠れませ
んでした。いよいよ東京駅に到着。土曜日の早朝と言うこともあっ
て人の数はそんなに多くない。国会図書館の開館時間までまだ二時
間以上あるけれど、東京の地理には全くうといので早めに余裕を持
って行動しよう。限られた時間を有効に使いたかったので図書館の
場所を真っ先に確認してその付近で時間つぶしをすることにしまし
た。この判断が後になって凶とでることになるとは気付きませんで
した。

不審人物発見? 1998.4.20
営団地下鉄丸の内線に乗って国会議事堂前駅下車。予想に反してすべ
て順調に事は運んだ。いや、運びすぎたと言うべきか。東京駅から10
分足らずで地下鉄を降りる。駅出口付近にあった地図で図書館の位置
を確認。すぐ目の前は首相官邸。警官が何人も警備にあたっていた。
こんなところに居てもしょうがないのでとりあえず自分の目で図書館
を見に行くことにしました。歩いて5分ぐらいのところにありました。
時計を見るとまだまだ時間が余っているしその辺をぐるっと回ってみ
ようっと。国会議事堂を一回りして駅まで戻る。何もすることがない
ので首相官邸を眺めていると、向こうから二人の男性がこちらへ近づ
いてきた。
『おはようございます。先程からこの辺りで何をなさっているのです
か?』
『えっ!』最初は何かわからなかったけれどすぐに悟りました。これ
は職務質問だ。私が『警備の方ですか?』と聞くと、おもむろに黒い
手帳を取り出し見せてくれました。おーっ!金色に輝く警視庁の三文
字。ほんまもんや。よく聞くとさっきからずっと目を付けられていた
ようで、どこから来たかとか目的は何かとか質問されました。物腰は
柔らかく服装も警官とは全くわからないものでちょっとびっくりしま
した。事情を話して不審人物ではないことをわかってもらいましたが
最後にきっちりと住所と名前は控えられてしまいました。後で考えて
みると土曜日の早朝で人通りの少ない重要施設周辺をうろついていれ
ば怪しまれるのも無理はないですよね。今度から気を付けよう。

とうとう見つけた! 1998.4.20
やりましたよ。とうとう実物のTactical Mission Report と対面。
マイクロフィルムは手のひら大の小さな箱に収められていました。
これをプロジェクターにセットする。フィルムの巻かれたリールを手
で回して目的の資料がどこにあるか調べる。あった、あった。
これが探し求めていたものだ!苦労した甲斐がありました。これを
コピーしてもらうには1枚に付き50円かかるけど、まあいいか。
枚数が多すぎて即日には出来ないので後日自宅に送付してもらいま
した。なるべく速く資料を分析して結果をアップロードするつもり
です。その時はみなさんのご意見をお待ちしております。

修理工事一段落 1998.4.20
昨年来続いていた姫路城の保存修理工事は春の特別公開を前にして一段
落付いたようですね。まだ修理が必要だと思われる箇所はありそうです
が。姫路城を未来へ残していくためには是非ともやらなければならない
ものですから工事による少々の不便は我慢していきましょうね。

姫路城の旬
人それぞれのこだわりがあると思いますが、私が勧める姫路城の旬は、
気候のよい春、4月で決まりです。城と桜。一番絵になる構図ですね。
城と雪も捨て難いですけど、姫路城が雪化粧するほど雪が降らないの
です。今年はエルニーニョの影響で暖冬だそうで。やっぱり春、4月で
すね。「城の日」もあることだし。ただ、人の考えることはみんな同
じで、入城料が無料だと大勢やって来ます。今年の「城の日」は日曜
だったので大天守に入るのに行列が出来ました。雨にもかかわらずに。
これには参りました。理想を言えば、4月3日から9日までの天気のよ
い平日がよろしいでしょう。この時期は姫路城の非公開部分の一部分
が公開されます。見逃す手はありません。

ガイドの声は鳥のさえずり?
休日の姫路城は観光客が大勢訪れています。シルバーガイドを利用する
方も多く、「ガイドは全員出払っています」という看板がよく掛かって
います。先日、私が城内を歩いていると、どこからか人の声が。ガイド
の方がお客さんを連れて案内されています。何気なく聞いていると、あ
れー、そんなこと知らなかったよー。フムフム、なるほどね。いつの間
にか耳がダンボになっている。新ネタ頂き。シメシメ。わざとじゃない
ですよ。自然と耳に入ってくるんですから、しょうがないでしょ。ネ!。

頭 上 注 意 !
先日、新ネタを探しに姫路城へ行ってきました。
一通り巡り終えて備前丸から何気なく大天守を見上げてみると、なんと、
二重目屋根軒先の漆喰が剥がれ落ちているではないですか!
これは一大事。下からは木部が露出しています。破損箇所は屋根の西南
隅で、水四門を入って石段をのぼったところの真上あたりです。一重目
屋根のおかげで直撃は免れる状況ですが、早いこと修理しないと傷んだ
箇所が拡がる危険性があります。二重目屋根といえば高さは10m以上あ
りそうです。これから姫路城を見学するときは足元だけでなく頭上も注
意したほうがいいかも。

ただ今修理中
姫路城は今修理のラッシュです。去年は確か9月頃から今年の3月まで
「ほ」の門を入ったところの腰曲輪を通行止めにして修理していました
し、現在は三国堀の石垣修理と「ほ」の門を入ったところでは渡櫓の屋
根の修理と壁の塗り替え、油壁の屋根修理と大忙しです。私は姫路城へ
行く度に思うのですが、修理が必要な箇所はまだまだあるみたいです。
例えば水四門を入ったところの塀の壁はひびだらけですし、「る」の
門近くの控え塀の壁もひびが入っています。腹切丸へ降りるところの塀
も要修理だと思うのですがね。水四門のところの塀を修理することにな
ったら通行止めにしないと仕事にならないでしょう。そうなれば大天
守へは入れないことになってしまいます。その関係もあって修理に踏み
切れないでいるのかな?。

走れ!急げ!閉まるぞ!
姫路城は中に入ってみると結構広く感じます。複雑な縄張りがそう感じ
させるのでしょう。1回や2回訪れただけではその全容は把握できないと
ころです。できれば予備知識を仕入れて見学されることをお勧めします。
そうすれば入城料は無駄にならないでしょう。姫路城は午後4時になると
入れなくなります(見学は午後5時までできます)。先日私がネタ探しを
終えて帰ろうとしていると城に向かって走ってくる一団がいました。
見ると添乗員を先頭に20人ぐらいの旅行客が必死に走っています。
入城口ではハンドマイク片手に城の職員が『午後4時になると入り口は閉
まります』と叫んでいます。たぶんバスが渋滞に巻き込まれるかなにかで
スケジュールが遅れたのでしょう。閉門まであと1時間。これでは駆け足
で見てまわらなければなりません。まあ、最低でも2時間かけて余裕をも
って城内を巡ることをお勧めします。私は平均4〜5時間かけてまわって
います。入城料の元をとらなければね。

許さん!
久しぶりに西の丸の長局に入ってみるとなんだか様子がちがう。やけに
壁の白さが目立つ。なんでやねん?ハハーンわかったぞー!どこかの大
馬鹿野郎が壁に落書きしやがったな!しかも1ヵ所や2ヵ所じゃない、い
たるところに書いている。落書きといえば搦手の「と」の四門脇の白壁
に実在の人の名を書いた奴もいた。こいつは性懲りもなく同じことを2
度も繰り返して新聞にも載っていたけど、あれからどうなったのかな?
「天網恢恢疎にして漏らさず」の諺通り今に天罰があたるぞー!覚悟し
ておけ!

天才コピーライター
腹切丸って誰がいつ名付けたのでしょうね?今の腹切丸は名称を除けば
そんなに暗い雰囲気はないのですが、昔は木が生い茂ってなにやら怪し
げなところだったそうです。それをたった一言、「腹切丸」ということ
ばで言い表した人は天才ですね。何十年もたった現在もなお強烈な印象
を人々に与えている。これからもきっと「腹切丸」は生き続けていくの
でしょうね。

大丈夫ですか?
姫路城を訪れる人というのはいくつかの観光地を巡る途中で立ち寄ると
いうパターンが多いようですね。目的が姫路城という人は服装も見学に
適した格好をされています。でも、旅の途中で訪れる方々の中には『そ
んな靴を履いていると危ないですよ』と言いたくなる人もいらっしゃい
ます。私は人様のファッションをどうこう文句をつけるつもりは全くあ
りません。しかし、姫路城にハイヒールは危ないですよ。足首を捻挫し
て後悔しても後の祭です。何事もないことを祈っています。

穴場駐車場
休日ともなれば姫路城周辺は車の渋滞が起ります。大きな原因は駐車場
不足です。どこも満車状態で空待ちの車の列が数珠つなぎになっていま
す。せっかくの休みを無駄にしないために空スペースがある可能性の高
い穴場駐車場をお教えしましょう。姫路城の北にあるその名も「城の北
駐車場」。仮に満車状態であっても順番待ちの車の数はそんなに多くな
く少し待てば入れるかもしれません。私がここをお勧めする理由はもう
ひとつあります。それは1時間以内なら料金は無料だからです。運悪く
ここもダメであってもくれぐれも路上駐車はおやめくださいね。

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