今頭に思い浮かんだ絵

ここが頑張るとき


でんたくに戻ります


1999/03/26(金)

 つかれたねー

 ファミコンソフトを大量(たしか150本以上)に引っ張り出した。
 燃えプロやろうっと。(>▽<)←疲れてるんなら寝なさいっ!


1999/03/23(火)

 開幕まであと10日だって。(=_=)

 ノムさん就任したての頃は早く開幕になってほしかったけど、今の段階だと正直あと一ヶ月くらい開幕は先にして欲しい気がします。
 だって、お気に入りの新庄、桧山はケガしてるし、捕手は決まらないし、先発も藪以外ダメそうだし、せっかくの佐々木も出遅れてるし…
 あー、悩んだってだめ。あと10日で開幕だってば。

 本当に開幕なんですねぇ…
 あーあーあーあーあーあーなんか、うれしはずかしです。(←故障気味)


1999/03/20(土)

 なんか久々に書いた…というよりは書いたけどアップできてないのが溜まってるんで、繋げました。
 ま、読みづらいでしょうけど、眠いのでごめんなさい…

 季節。春夏秋冬あるけど、僕は春が嫌いです。
 プロ野球ファンとしてあるまじき…かもしれませんが。

 好きな順番を並べると、秋、夏、冬、春です。
 別に花粉症なわけでもないです。

 秋は涼しいです。暑がりなんで丁度良いです。
 どうも女の人の夏の格好はドキドキとかしちゃうときがあるので、困ります。
 秋になると、落ち着くので安心です。何を食べても美味しいし。
 なぁんも変わった事とか無いし。

 夏は比較的暇です。
 毎年冬から春にかけて忙しいので夏は比較的暇になることが多いです。
 ま、暑いと言ってもバスや電車や建物なんかには冷房が入っているし、
 別にウチワを持っていてもおかしくないし。

 冬はつらいです。
 秋(もっと前かも)に来期の阪神を予想したりしますが、
 冬になると禁断症状がでてきます。
 あと、クリスマス、お正月、バレンタインデーと、
 別にいいじゃんと思うような行事も目白押しなのも嫌いです。
 何より仕事のピークが始まり出す頃でもあるし。

 春は大嫌いです。
 そりゃ、プロ野球シーズンが開幕して嬉しいってのはあるんですが、
 始まったからと言って阪神が毎年強いわけでもないし(←おいおい)、
 この頃暑がってるとバカみたいだし。(←冬は残業が多いため太りすぎ)
 でも、気温が一定しないから暑かったり寒かったりするし。
 一番嫌いなのが人との別れ。

 学生時代は春になってクラス替えとかあって、
 その都度新たに出会う人がどんな人かドキドキするし、
 今まで仲良かった友人とも離れちゃったり、
 クラス替えだけでも嫌なのに、卒業なんかものすごく寂しかったなぁ…
 で、社会人になってそんな事とは縁が無くなったと思ったのに、
 先日ちくわが亡くなりった。愛犬ラッキーが崩御したのはGW頭だった。

 確かに、クラス替えや卒業していくことは、小さな出会いと別れ(←大げさ)を繰り返して幅広く友人を作るチャンスにもなりえる。
 でも、仲良くなった人は側にいて欲しい。なんか情けないけどそうなんです。
 慣れ親しんだ番組が終わっちゃうだけでもかなり嫌だし。
 とにかく、まわりの環境が変わるのが大嫌いです。

 ちくわを偲ぶ会に出席した感想…

 会に到着するまで半信半疑でした。
 着いたらもうたくさん人がいてみんな黒い格好をしてました。

 あぁ、本当に死んじゃったのかな… と。

 献花を終え、虎チャ仲間(10名前後)でちくわのことを話しました。
 みんな一緒に呑んでて料理にツバがかかる…って事ばかり言ってました。(笑)
 まだ信じられなかったんですよね。笑ってられました。

 ちくわの友人の方々の意向もあり、今夜は明るくいきましょうと。
 立食パーティ形式で、料理を取って食べる。
 BGMは生前彼が好きだった曲。そうそう、六甲おろしも流れてました。
 マイクを持って司会者が回ります。マイクはいなり小僧へ回ってきました。

 いなり小僧:『彼と知り合って、ご馳走してもらうのはこれが初めてですよ』

 いなり小僧は終始明るくしてくれました。
 僕やだんちょみたいに泣き虫な人間がいる中、頼もしく思えました。
 思えばひらたさん帰国のオフのときでも、
 いなりとちくわで笑わせてくれてたなぁ…なんて事も思い出したりして。

 すっかり場は学園祭(?)のノリ。
 手品(謎)やものまねなど、ちくわが笑って起きてくるかもしれないくらい、みんなして大騒ぎしてました。

 しばらくして、ちくわの歴史をVTRで流しました。
 子供の頃の彼の写真。何故か巨人帽をかぶった写真だったので、
 一部からブーイングがあったりしました。
 また、中学生の頃からお酒が大好きで、よく捕まってたそうです。

 そして『天才たけしの元気が出るテレビ』の映像。
 当時の思い出が甦りました。
 受験に一生懸命な彼、
 芸能人にからかわれつつも段々と喋りが達者になってきた彼、
 そして三度目(一浪してから東大に入ろうね会に入ったため)の東大受験に失敗して涙を堪え切れない彼…

 :

 ここでちょっとドキドキしました。
 彼はその後、どんな生き方をしたのだろう…と。
 みんながテレビで知ってるのは東大受験の部分だけです。未公開映像みたいでお得かな…と。

 そして同時に、この映像過ぎたらほとんどこのVTRも終わってしまうんだな…と。

 :

 彼の手がけたいろんな商品が映り、彼の今までの経済効果なんかも出てきました。
 いや、ビックリしました。マジで。身近にこんなスゴイ奴がいたんだなぁ…と。
 正直、もしも僕がマンガの世界の住人だったら、目か心臓が飛び出ちゃうような金額でした。

 そのくせいつも明るく振舞ってそんなスゴイ奴だということは全然ひけらかさないで…
 典型的な阪神ファンのように、明るく楽しく阪神を熱心に応援してたんだなぁ…と、
 こんなスゴイ奴と一緒に観戦したり、呑んだりしたんだなぁ…と。

 VTRの最後の方で、彼の愛用したパソコンが映った。
 阪神タイガースのマウスパッドが置いてあった。
 そして、最後にスキー場で笑う彼の姿が映った。
 黄色と黒のスキーウェアだった。

 :

 VTRが終わり、会場中からすすり泣く声が聞こえた。
 彼の遺族の方々の挨拶のあと、司会者が気を取りなおして最後の挨拶をする。

 司会者:『実はコレは作り事で、その遺影のあたりから僕らを観察していて、
     『やいっ!お前泣いてへんかったぞ!』とか言い出しそうな気がします…が
     今の時点でも黙っているところを見ると、本当に死んでしまったようですね…
     この(偲ぶ)会を終わらせてしまうと、
     今度こそ本当に彼が死んでしまうような気がします。』

 胸が詰まった。VTRが終わった頃から流れ出した涙が止まらなかった。
 会が終わった後、もう一度彼の遺影の前で手を合わせた。
 僕と一緒にまだぐずぐずしていただんちょと一緒に部屋を出た。

 部屋を出ると、遺族の方々が待っていた。今日の参加者全員に挨拶していた。
 DEN:『僕らは広瀬くんとインターネット…パソコンで知り合った阪神ファン仲間なんです。
    一緒に観戦したり、呑みに行ったりと本当に楽しかったです。』
 ちくわ父:『是非キャンプの時期にでもこちら(高知県)にお越しください。』
 だんちょ:『絶対行きます。』

 少し離れたロビーで、虎チャメンバが集まってた。
 会が終わってホッとしたのか、ちょっと気が楽になる。
 知り合ってそんなに経ってないのに、こんなに同じ気持ちを共有できる人達がいるんだなと思うと、嬉しかった。
 嬉しい分だけみんながいなくなったら嫌だなと思った。
 そして、そのうちの一人のちくわがいなくなったんだなと思ったら、また寂しくなったけど堪えた。

 4月2日開幕。東京ドームにちくわの姿は無いけど、
 彼の愛用していたメガホンは、だんちょら虎チャ仲間たちと共にナインを応援する。

 あ、負けたときに間違えてメガホン投げ捨てないようにね(笑)>開幕試合観戦者ALL


1999/03/11(木)

 んー、『たまに記』という名前ながら毎日更新が基本だった『たまに記』が本当にたまにしか書かれないような状況になってしまった。
 ま、忙しいからアップできないのであって、時間ができれば(日記だけでも)更新しますから、覗いてやってください>ALL

 昨晩、久しぶりに会社に泊まりました。去年は意地でも泊まらなかったから、かなり久しぶりでした。
 提供は今月末。今回のプログラムの物凄く重要な、Webサーバを介した通信部分の処理なんだけど、何故かダメ。

 同期のO畑と調査を進めていると、駒田のヒッティングマーチが鳴り出した。僕の携帯電話だった。
 電話の声はだんちょ。

 だんちょ:『今、虎チャ覗ける?』
 DEN:『あ、今全然忙しくてダメです、ごめんなさい。』
 だんちょ:『ちくわが死んだらしい』
 DEN:『うそでしょ!?』
 だんちょ:『今、ちくわの友達って人が虎チャに入ってきて…』

 信じられなかった。
 でも、僕のHPで毎日が誰かの誕生日であるように、毎日誰か亡くなっているのも事実。
 最近連絡をくれない人とかだって、いつの間にか亡くなってるかもしれない。

 ちくわはいつも人一倍元気で、みんなを笑わせてくれてました。
 呑みの席で隣に座って話しをすると、料理が彼のツバだらけになっちゃうのが多少難でしたが。(^_^;)
 第一印象は、『んー、初対面のはずだけどどこかで会ったような…』という不思議なものでした。

 それもそのはず、実はちくわ、天才たけしの元気が出るテレビの東大受験コーナーで注目されたこともあった、知る人ぞ知る人物だったのです。
 当時、東大を目指す彼を見て、心から応援してました。受験に失敗して高田純次に無言で慰められるシーンは今でも心に焼き付いています。

 関東のオフ会のみならず、9月の関西遠征では飲み屋で一緒に大騒ぎしたり、雨の降る中、野球観たり、帰りはtoyoと3人で新大阪駅に行ったり…
 メールのやりとりこそあまり無かったけど、会えば必ず馬鹿な事言い合ってました。

 まだ信じられない。もし冗談だとしたらやりすぎだ。でも、冗談じゃないんだろうな。くそぅ。

 19日(金)のスポーツ報知の裏面トップにカラーでこの『広瀬伸哉くんを偲ぶ会』を掲載していました。
 彼の大好きだった(?)パウエルのサインボールと一緒にしまっておくことにします。


1999/03/06(土)

 ひさびさに更新しています。

 まず最初に、誕生日ってことでメールや掲示板でたくさんおめでとうって言って貰えたこと。
 ありがとうございます。こんなところでお礼を言っても仕方ないけど。

 昨日だんちょたちが僕とtoyoの誕生日会を開いてくれたのだけど、参加できなかった。
 一昨日、元先輩社員(と言っても歳は同じ)が連絡くれたのに、あまり時間が作れずほとんど話しできなかった。
 一つ一つのことが申し訳無い…仕事のせいで…って思ってしまう。

 けど、コレは間違い。

 プロジェクトの運営方法が変わり、関連する2つのプロジェクトに共通のリーダが付くことになった。
 すると、自分の足りなかった部分を痛切に感じる。自分がリーダだったことで、なんてズサンなやり方してたんだろう…って。
 時間が無い、時間が無い…と言って、ひとつひとつの答えが完全にまとまる前に進めてたことがたくさんあって、それが今全部ツケが回ってきてる。
 なんか全然ダメです。

 だから、予定通りに人と会えなかったりしたのは自分のせいなのに、『仕事が忙しいから』って仕事のせいにして。
 でも、この時期に忙しくしてしまったのは自分の責任。

 だんちょたちが開いてくれた誕生日会。ま、行ってないので内容はわからない。
 でも、仮にも当日が誕生日で、それを知ってて何人かに声かけてくれて。それに応えてくれる人がいて。
 なんか、申し訳ないです。本当にごめんなさい>だんちょと他のみなさん

 んー。


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